胃の中に生息している菌です。生息するのみでなく、胃に様々な障害を起こします。
ヘリコバクター・ピロリは1983年にオーストラリアの病理学者ワーレンと内科医マーシャルによって発見されました。ヘリコとはヘリコプターのヘリコと同じ由来で、ラセン形という意味があり、バクターは細菌(バクテリア)、そしてピロリは幽門(pylorus)が由来で、当初幽門部で発見されたことからこのような名前が付けられました。つまりヘリコバクター・ビロリとは、幽門部にいるラセン形の細菌という意味です。それまでは、強力な酸である胃酸の中では細菌が生きることは出来ないだろうと考えられていましたが、ヘリコバクター・ピロリは自らがアルカリであるアンモニアを生成することにより酸から身を守り、生息しているという事が判りました。
Graham.D.Y Gastroenterol Clin Biol 13: 84b, 1989 Y.
Asaka M et al. Gastroenterology102: 760-766, 1992
浅香正博先生の研究報告
ヘリコバクター・ピロリが胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍の発生に関与しているのは以前よりよく知られています。胃潰瘍の65~80%に、また十二指腸潰瘍の90%以上にピロリ菌が関与していることが判っています。
胃や十二指腸の壁では強力な消化液である胃酸から自らを守るために、様々な防御機構が働いています。胃の炎症や潰瘍は胃酸の攻撃に対して防御機構が十分に働かなかった際に起きます。要するに、ストレスなどで胃酸の分泌が増えたり、鎮痛剤の服用などによって胃の粘膜が障害されたりした際にこの均衡が崩れて潰瘍などが発生します。ピロリ菌による胃や十二指腸の潰瘍は、粘膜が障害され防御機構を弱まることによって発生するのです。
現在、病院で処方されたり、薬局で市販されている潰瘍に対する治療薬のほとんどは、この攻撃因子である胃酸の分泌を抑制するか、粘膜の防御機能を増強することによって、胃や十二指腸の粘膜を正常の状態に戻そうとするものです。仮にピロリ菌が関与して潰瘍を発生させていたとすると、せっかくお薬を内服して治しても、ピロリ菌自体を退治しなければ潰瘍が再発してしまうということになります。浅香らは、ピロリ菌の感染を伴う胃潰瘍や十二指腸潰瘍に関して追跡調査を行い、ともにピロリ菌の除菌に成功した患者さんの方が潰瘍の再発率が低いことを報告しました。
Asaka M et al. J Gastroenterol 38: 339-347, 2003
Uemura N et al. N. Engl J Med, 345: 784-789, 2001
診断薬を内服して、内服前後の呼気中に含まれる物質を測定することによって診断する方法です。20分程度で終了し、特に苦痛はありません。
ピロリ菌に対して体の中でつくられた抗体の存在を調べる方法です。血液もしくは尿を採取して抗体の有無を検査します。
糞便中のピロリ菌の抗原の有無を検査します。苦痛はありませんが、便を採取するのにやや手間がかかります。
胃の粘膜からピロリ菌を培養して診断する方法です。培養するのに数日期間が必要です。
ピロリ菌が産生するウレアーゼという酵素の活性を調べることにより、ピロリ菌の存在を確認する方法です。短時間で診断可能ですが、時に判定が困難な場合があります。
胃粘膜の付着しているピロリ菌を顕微鏡で観察することにより探す方法です。組織を固定し標本を作製するのに数日を要し、特殊な染色を必要とすることもあります。
また菌の量が少ない場合には偽陰性となることもあります。
患者さんの苦痛と検査費用また検査の正確さを考慮した上で、当院ではピロリ菌の存在診断には②の抗体法を、また除菌が出来たかの判定には①の尿素呼気試験法をお勧めしています。胃カメラを用いる方法④~⑥はカメラによる苦痛のみでなく、感度が低く偽陰性となるケースが多いため、あまりお勧めしていません。
以前は胃潰瘍や十二指腸潰瘍と診断されていなければ、ピロリ菌に感染しているかどうかの検査を保険で行う事が出来ませんでしたが、平成22年6月より「胃MALTリンパ腫」「特発性血小板減少性紫斑病」「早期胃癌に対する内視鏡的治療後」にも適応が拡大されました。
更に平成25年2月22日より、胃カメラで胃炎が確認され、かつヘリコバクター・ピロリ感染が疑われる症例に対しても保険による検査診断が行えるようになりました。
しかしながら、未だに患者さんが胃カメラをしなければ感染診断を行えないため、胃カメラを受けずにヘリコバクター・ピロリ感染の有無を確認するには、自費による検査が必要です。当院では「どうしても胃カメラをやりたくない」という方々のために、ABC検診を行っております。この検診ではヘリコバクター・ピロリ感染の有無をチェックするのみでなく、ペプシノゲン検査も同時に行うため、どれくらい胃がんになり易いかを予測することが可能です。お気軽にご相談ください。
除菌と聞くと除染のように“胃の中を洗浄するのでは?”と想像される方もいらっしゃるかと思いますが、数種類の薬を組み合わせて内服治療を行い、ピロリ菌を退治するという方法が行われています。
除菌療法に関しても今までは“ピロリ菌の存在を確認する方法”の項目でも述べたように「胃潰瘍・十二指腸潰瘍」「胃MALTリンパ腫」「特発性血小板減少性紫斑病」「早期胃癌に対する内視鏡的治療後」のみに保険の適応が制限されていましたが、平成25年2月22日より胃カメラによって「慢性胃炎」と診断された症例に対しても適応が拡大されました。
除菌療法は胃酸の分泌を抑える薬と2種類の抗生物質の組合せによる「3剤併用療法」が一般的です。通常は一次除菌療法から開始し、除菌に失敗した場合には二次除菌療法を行います。一次および二次除菌療法は保険で治療可能ですが、三次除菌療法以降は保険の適応が無く、自費での治療となります。
ランソプラゾール(30mg) or オメプラゾール(20mg) or ラペプラゾール(10mg)
一次除菌療法による除菌成功率は当初80%以上と良好でしたが、近年クラリスロマイシンに対する耐性菌の増加によって70%程度まで下がったとする報告も多く認められます。
ランソプラゾール(30mg) or オメプラゾール(20mg) or ラペプラゾール(10mg)
二次除菌療法による除菌成功率は90%以上と良好です。
一次除菌と二次除菌により97~99%の方は除菌に成功しますが、さらに除菌不能であった場合には三次除菌(自費)を行います。
PPI+アモキシリン+ニューキノロン系の組合せが最もよく用いられていますが、統一した治療法は確立されていません。
Fukase K et al. Lancet, 372: 392-397, 2008
加藤元嗣ら. The GI Forefront, 7: 122-127, 2012